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東京高等裁判所 昭和60年(特う)1534号 判決

国籍

韓国

住居

東京都文京区根津一丁目二七番一三号

遊戯場等経営

三井英祐こと夫英祐

一九一七年六月一三日生

国籍

韓国

住居

東京都豊島区駒込一丁目五番二号

遊戯場等経営

高山二吉こと高斗慎

一九二六年一二月二〇日生

右の者らに対する各所得税法違反事件について、昭和六〇年一〇月九日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、弁護人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官土屋眞一出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人安藤寿朗名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官土屋眞一名義の答弁書にそれぞれ記載してあるとおりであるから、これらを引用する。

所論は、量刑不当の主張であって、要するに、原判決の量刑は重過ぎて不当である、被告人らの営む風俗営業の許可との関係で懲役刑の刑期を一年未満にされたい、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて検討するに、本件は、パチンコ店、ゲーム店、マージャン店及び焼肉店を共同経営していた被告人両名が、それぞれ自己の昭和五六年度及び昭和五七年度の所得をことさらに過少申告して、二年度を通算して被告人夫において所得税合計八四八七万四一〇〇円、被告人高において同合計八六九五万三二〇〇円をほ脱したという事実であるところ、被告人両名に対する量刑の事情は、既ね原判決が「量刑の事情」の項において説示しているとおりである。特に、ほ脱額が高額であり、ほ脱立が各年度分とも九〇パーセントを超えていること、被告人両名は昭和五六年にパチンコの新鋭機種スリーセブンを導入したことが当り、以後売上及び利益の急激な増加を得たが、パチンコ業界は競争の激しい業種であって、将来のためには相当の資産を蓄積する必要があると考え、申告額をはるかに超える多額の所得があることを熟知しながら、申告書に収入金額を記載せず、被告人らにおいて適当に算出した過少の所得金額のみを申告するといういわゆる「つまみ申告」の方法により本件各犯行に及んだものであって、大胆かつ悪質というべきであり、その動機も格別斟酌すべきものであるとはいえないこと、被告人両名は相当以前からつまみ申告による過少申告を繰り返してきたことがうかがわれ、従前から納税意識が稀薄であったと認められること等に徴すれば、被告人両名の刑責は軽視することができない。

したがって、被告人両名は、いずれも本件各犯行を素直に認め、修正申告を行ったうえ、納税資金捻出のためにその所有の店舗の一つを売却し、所得税につき本税を始めとし、加算税及び延滞税をも完納し、地方税についても納付したこと、被告人両名は現在では経理担当事務員を置いたり、税理士に申告手続を依頼するなどして、今後の納税に過誤がないように努力していること、被告人らは、来日後永年にわたり、真面目に働き、前科前歴もないこと、その他被告人らに有利な一切の事情並びに被告人らが一年以上の懲役刑に処せられた場合には風俗営業の許可が取り消される恐れがあること等を考慮しても、被告人両名をそれぞれ懲役一年・三年間執行猶予及び罰金二四〇〇万円に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

昭和六一年二月二四日

(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 森岡茂 裁判官 阿部文洋)

○ 控訴趣意書

被告人 夫英祐

被告人 高斗慎

右の者らにかかる所得税法違反被告控訴事件について、弁護人は左記のとおり控訴の趣意を提出する。

昭和六〇年一二月七日

弁護人 安藤寿朗

東京高等裁判所刑事第一部 御中

第一 原判決は各被告人に対し、懲役一年、執行猶予三年、罰金二四〇〇万円の刑を言渡したが、被告人らは後に述べるような事由があり、原判決は破棄されなければ著しく正義に反する。

一 控訴申立の動機

(一) 被告人らは、原判決がその量刑著しく重く、かつ不当で到底納得できないという考えから本件控訴の申立をしているわけではない。

被告人にらついては、昭和五九年一月二七日強制調査が開始され、昭和六〇年五月八日に起訴されるまでの間、東京国税局並びに東京地方検察庁から何回も呼出をされたが、当初からその都度積極的にその取調べに応じてきた経緯がある。

(二) 被告人らは原判決を受けた現在においても、日本の捜査担当者が公正にかつ愼重に調べた結果にもとづき日本の裁判所が愼重に審判をして言渡した判決であると確信しており、本来なら控訴の申立をすることもなく判決宣告に従うべきだという気持でいたのである。

(三) 然しながら判決宣告を受けた直接関係官署に問い合わせた結果は、原判決がそのまま確定するとすれば、被告人らは今後営業活動の基盤を奪われ、刑事手続では刑の執行を受けたものの、経済活動の面では死刑の判決にも等しい結果をもたらすことに気がついたのである。

(四) 刑事手続と行政手続とは本来別の手続であって直接の関係はないはずであるが、昭和六〇年二月一三日に施行された「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」(昭和五九年八月一四日法律第七六号。以下、風俗適正化法と略称する。)によれば、被告人らが言渡された量刑では今後経済活動が出来なくなり、生活の基盤が全く失なわれてしまう結果をもたらすのである。このことから、やむにやまれず本件控訴の申立をすることを決意した次第である。

二 原判決の量刑が被告人らの営業に及ぼす結果

(一) 風営適正化法によれば「風俗営業を営もうとする者は風俗営業の種別に応じて営業所ごとに当該営業所の所在地を管轄する都道府県公安委員会の許可を受けなければならない」(第三条第一号)とされ「前条第一項第七号(注まあじゃん店、ぱちんこ店等)に掲げる営業に係る第一項の許可は、一年ごとにその更新を受けなければ、当該期間の経過によってその効力を失う」(第三条第三号)と定められている。

(二) 被告人らは共同で、平和島店においては「和泉」の名称でパチンコ店を、「ゲームセンター和泉」の名称でゲーム店を、「麻雀クラブ南」の名称でマージャン店を、「南山苑」の名称で焼肉店を、又秋葉原店において、「泉ホール」の名称でパチンコ店を、「ゲームハウス泉」の名称でゲーム店をそれぞれ営業しているものである。

このうち、マージャン店・パチンコ店・ゲーム店については風俗適正化法による営業許可を受けて営業しなければならず、又マージャン店・パチンコ店については一年ごとに許可の更新を受けなければならないこととなっている。

(三) ところが風営適正化法第四条は人的欠格条項を定めており、「一年以上の懲役若しくは禁固の刑に処せられ・・・・その執行を終了又は執行を受けることがなくなった日から起算して五年を経過しない者」については許可をしてはならないと定めている。

更らに同法第八条によれば「公安委員会は第三条第一項の許可を受けた者についても「次の各号に掲げるいずれかの事実が判明したときはその許可を取り消すことができる」とし、その第二号で「第四条第一項各号(注 人的欠格事由)に掲げる者のいずれかに該当していること」と定めている。

そして同法第二六条では「公安委員会は、風俗営業者又はその代理人等が当該営業に関し法令若しくはこの法律に基づく条例の規定に違反した場合において、著しく善良の風俗若しくは清浄な風俗環境を害し、若しくは少年の健全な育成に障害を及ぼすおそれがあると認めるとき・・・・・風俗営業の許可を取消し、又は六月を越えない範囲内で期間を定めて当該風俗営業の全部若しくは一部の停止を命ずることができる」と定める。

(四) 右の規定からすれば、罪名罰条に拘らず、更らに執行猶予が附せられているか否かに拘らず、懲役又は禁固一年以上の刑に処せられた者は風俗営業の許可を受けられないことになったのである。

そして仮に既に風俗営業の許可を受けて現に営業を営んでいても懲役又は禁固一年以上の刑に処せられた者は、その許可まで取消されるのである。

(五) 被告国人らは現実に風俗営業の許可を受けて共同営業をしているものであるが、平和島店において「和泉」という名称のパチンコ店は昭和四八年二月二二日番号三〇一一号をもって三井英祐こと夫英祐が許可を受け、更らに「麻雀クラブ南」という名称のマージャン店については昭和五〇年一〇月一七日番号二六二一号をもって三井英祐こと夫英祐が許可を受けている。

更らに秋葉原店においては「泉ホール」という名称のパチンコ店を昭和四九年五月一六日番号一四一号をもって高斗慎が許可を受け、「ゲームハウス泉」という名称のゲームセンターは昭和六〇年六月二六日番号一九九五号をもって高斗慎が許可を受けて営業してきている。

(六) 原判決では被告人らは判決確定の日から三年間は刑の執行が猶予されており、執行を受けることができなくなった日というのは刑の執行猶予期間満了の日と解されるので、この日から更に五年間は新規に風俗営業の許可を受けることができないのである。つまり刑事手続では懲役刑の執行を猶予されながら、経済活動の場では八年間は全く新規風俗営業が許されないのである。

(七) 何よりも深刻なことは、現に許可を受けて営業をしている風俗営業パチンコ店・マージャン店・ゲーム店等について人的欠格事由に該当することが判明したときは、その許可を取消すことができると定めていることである。

被告人らが原判決の言渡を受けた後、最寄りの警察署の保安課に問い合わせてみた結果では、人的欠格事由に該当することが判明すれば既に得ている風俗営業許可を取消すと回答していることである。

そして弁護人も又原判決後、警視庁保安課、警察庁の所轄に問い合わせてみた結果は被告人らの得た回答と同様であったことである。

(八) 被告人らはこれまで三十年以上の長い期間にわたってパチンコ店を経営して生計をたててきているのである。それを自ら招いた結果であるとはいえ、一回の判決によって生計の基礎を奪うことが許されていいものだろうか、強く疑念を抱かざるをえないのである。

繰り返し繰り返し同種犯罪を犯したり、又他の罪を繰り返し犯して道法精神が稀薄であるというならばいざしらず、人生において初めて裁判にかけられ、その結果生計の基盤を奪い去られることは耐えられないばかりでなく、極めて不当であり違法ですらあると考える。

(九) 被告人らは他にとるべき方法があるのではないかとも考え検討した。

そのひとつとして、共同経営を法人組織にし被告人らが役員に就任して他に代表者となるべき者を迎える方法である。然しながらこれすらも風営適正化法は許さないのである。即ち「法人でその役員のうちに第一号から第七号までのいずれかに該当する者があるもの」(法第一項第四条第九号)そして風営適正化法では第十一条で「第三条第一項の許可を受けた者は自己の名義をもって他人に風俗営業をさせてはならない」と定め、いわゆる名義貸しをも禁止している。

ここにおいてはもはや原判決を受容しては被告人らは生計がなり立たない結果となることが判明したのである。

(一〇) 以上を要約すれば、原判決の量刑は風営適正化法に該当し被告人らは今後八年間は新規の営業をうけることができず、原に許可をうけている風俗営業も取消されるというのである。

誠に恐るべき法律である。

三 被告人の心情

(一) 被告人らは原審でそれぞれ懲役一年罰金二八〇〇万円の求刑を受け、原審は懲役一年執行猶予三年罰金二四〇〇万円の判決を言渡し、かつ罰金を納付しないときは被告人らを一日一〇万円の割合で労役場に留置する旨の宣告をした。

(二) 原判決は懲役一年という刑を言渡したために被告人らが風営適正化法に該当することとなったのであって、この意味では懲役一一月と三〇日という正に一日だけ減刑した判決を言渡してさえいれば、被告人らは風営適正化法に該当しなかったのである。

実にたった一日が被告人らを天国から地獄へと突き落す結果となっている。

被告人らは今、真剣に弁護人に次のように申出をしてきている。即ち、本控訴申立書に添付したとおり額面二〇〇万円の約束手形を振出し、これを弁護人に寄託するというのである。

原判決では一日一〇万円の割合で労役場に留置するというのであり、これに従うとすれば二〇〇万円は二〇日間分に該当する。

この金額を公益社団法人とか半官半民の慈善事業団体に、例えば日本赤十字会のような団体に寄付をしてもよいし、又国庫に寄付してもよいとすら考えているのである。

その意味でとともかく懲役一年という判決は何としても懲役一年未満の判決へと減刑して欲しいというのである。

(三) 被告人夫英祐は晩婚で現在子供は一人である。その子供(長男)は高校三年生で、未だ長男がパチンコ営業をするという状況にはない。

又被告人高斗慎は子供が三人いるがいずれも医歯系の学校を卒業し又は現に通学していて、とてもパチンコ店を継がせる状況にはなく、その意味で被告人らは今後も被告人ら名義で被告人ら自身が営業を続けていかなければならず、又それ以外に生計の途は考えられない。

四 被告人らに有利なその他の事情

原審で提出した弁論要旨に記載のとおりであるが猶本申立に引用する。

(一) 課税された税額は全額納付済である。

資料として提した税額一覧表並びにその支払納付書・領収書からひろいてあげ、一万円未満を切りすてて計算してみると、

被告人夫英祐については

本税 加算税 延滞税 合計

昭和五六年 二五一七万円 六六六万円 (五〇〇万円) 三六八三万円

五七年 六二九五万円 一四一二万円 (九〇〇万円) 八六〇七万円

五八年 六七〇四万円 八三三万円 一八九万円 七七二六万円

起訴状によれば、夫英祐の所得額は五六年度は五〇八一万円、五七年度は一〇五一五万円であり、右納付済みの税額を差引くと昭和五六年度は一三九八万円、昭和五七年度は二七八九万円である。(カッコは推計によるものである)

又高斗慎については、

本税 加算税 延滞税 合計

昭和五六年 二四二四万円 七〇七万円 四九五万円 三六二六万円

五七年 六三五一万円 一八七二万円 八五九万円 九〇八二万円

五八年 六八三八万円 八九四万円 二〇二万円 七九三四万円

起訴状によれば、高斗慎の所得額は昭和五六年度五〇八一万円、昭和五七年度一〇六七八万円であり、右納付額との差額は昭和五六年度一四五五万円、昭和五七年度一五九六万円である。

この他に都民税とその延滞税等を支払うと、もはや被告人らに残った利益金はほとんど零に近くなり、この意味で被告人らは充分経済的な制裁を受けているものと考える。

(二) 被告人らは本件事件で査察を受け、自らの店舗自宅のみでなく、従業員の自宅、親戚の自宅まで捜査されている。

そして何回となく東京国税局及び検察庁に通い調べを受けたが、この間の精神的苦痛は測り知れないものがある。

被告人高斗慎の兄高斗幸は糖尿病のきらいがあったが、本件で自宅の査察をうけ、これを終始気にし悩んでいたところ、本年七月頃急に死亡している事実がある。

又被告人らも事件後精神的に不安定状態になり、医者通いをしたりしてようやく今日まで体調を維持してきている次第である。

これらの事実から被告人らは経済的にばかりでなく肉体的にも精神的にも既に充分制裁をうけたものといわざるをえないものである。

(三) 被告人らは在日韓国人としてすでに数十年日本に居住生活してきており、その生活スタイルや精神はほとんど日本の社会の中にとけこんでいる。

この長い人生の中で在日韓国人として人には語ることのできない苦痛苦労をなめてもいる。

現在でこそ改善されてきているものの、過去においては一切の社会的公的な援助はなく、公的金融期間からしめ出されてきていた時代がある。

従って必然的に在日韓国人としては飲食店とかパチンコ店とかの商いに向かわざるをえず、しかも困難な条件から店舗をもち店を経営するには一人では出来にくい事情があり、結局二人ないし三人が手を組んで店を共同経営するというのがその生活の知恵でもあったわけである。

しかしながら被告人らが選択したパチンコ店経営は、見る程言う程楽な商売ではなく、ひとつ間違えば莫大な借金を短期間のうちに発生させるものである。その意味で、景気のいいときに多少蓄財をして不景気のそなえにしようという考えが底流にあったことも否定できない。

その手段方法はさておいて、額が大きいことは確かに本事件の特徴ではあるが、それだけに短期間のうちに莫大な穴(赤字)を生むこともあるわけである。

被告人らが行った行為は、妥当を欠き非難されるべきでもあるが、その得た利益は先にも述べたとおり既に国家に対して還元されているのも事実である。

(四) この他被告人らには前科前歴というものが一切ない。

その長い人生の大部分を日本の社会の中で生活してきていながら、前科前歴がないということばかりでなく、その人生態度がまじめである。

競馬競輪をするわけでなく、生活も派手でなく、まわりともよく調和して態度が折目正しいのである。

その意味で捜査を担当した検察官から礼儀正しいとおほめの言葉も頂いた経緯もある。

(五) 被告人らはこれまでの人生の中で若い頃日本の国策に協力してきている。

高斗慎は軍需工場で働き、夫英祐は徴用工として働きに出ている。そして、夫英祐については、空襲で妻子を失くし、しばらく独身で過したため、現在の高齢にして子供はまだ高校生であるという状態である。

この被告人らはある意味では日本の戦争遂行政策の犠牲ともいえる。

本件とは直接関係ないかもしれない事柄であると思われるが、情状としてくんで頂きたい点の一つである。

(六) 被告人らは共同店舗の一つを処分して、課税された税額を全額納付している。本件調査でかけられた税額は五六-五八年度まで三ヶ年分で約二億円を越えている。

これらは本税・加算税・延滞税の合計であり、地方税は全く含まれていない。この税額を完納するためやむをえず店舗を処分して完納したのであり、被告人らが事件をいかに反省し身辺をきれいにしようと努力しているか明らかである。

(七) 被告人らは長年日本で生活し、現在残されたものは家族と店舗である。平和島店と秋葉原店が残されているが、しかしこの店舗には現在支払いつつある借金が約一億円以上ある。

今後も被告人らはパチンコ店経営により生活していくより他に手段をもたないが、原判決が確定すればたちまち生計の基盤が奪われる結果となることは既に述べたとおりである。

五 結論

被告人らは既に社会的、経済的精神的、肉体的に充分制裁をうけて、今後再びこのような事件を起す心配は全くない。又年齢が高齢であることをも考慮し、量刑については懲役一年未満の判決を頂きたく、控訴の趣旨を提出するものである。

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